「よわいはつよいプロジェクト」のはじまり
「日本でプレーしているすべてのラグビー選手のために、もっとなにかできることはないだろうか?」
…プロジェクトが生まれるきっかけは、選手会の幹部メンバーたちのそんな想いでした。
そこで海外のラグビー先進国と言われる南半球の選手会を参考にのぞいてみると、「PDP = Player Development Program」と呼ばれる仕組みがあり、選手たちを4つの観点からサポートする仕組みが確立されていることを知りました。 契約などの「法律」、資産管理などの「ファイナンス」、現役引退後などの「キャリア」、そして選手たちの「メンタルヘルス」のサポート。 これら4つを主軸に据えながら、選手たちが競技生活中も引退後も幸せに生きていくにはどうすればいいのかを一緒に考えるウェルビーイングに根ざした包括的なサポートプログラムが「PDP」です。
ちょうどコロナ禍で自粛期間のはじまったタイミングもあって、選手たちは先行きのない不安に駆られている時期でもあり、「心技体」で言うところの「心」の部分が他の「技」や「体」に与える影響の大きさを実感していたところでした。
突然ですが、「金魚の水槽」という話があります。
病気になってしまった金魚を治すためにお薬の点滴を垂らすと、その薬がなくては生きていけない金魚になってしまう。 けれども、酸素や水といった水槽、つまり「環境」のほうを改善するほうが金魚を元気にさせる、という話です。
「PDP」でアスリートのウェルビーイングを促進していく取り組みは、いわば「金魚=選手自身」に個別のアプローチでフォローしていく仕組みです。 一方で、選手たちを取り巻くチームやファンやメディアも含めた「水槽=社会」のほうにもアプローチしていく必要があると考えました。
日本ラグビー選手会から、社会に向けてメンタルヘルスについての啓発活動ができないか。 そこでまず、当事者であるラグビー選手やトップアスリートに取材をしました。 すると、みなさん異口同音に言います。
「自分たちアスリートもみんなと同じ人間だから怖さだったり嫌な気持ちになったりネガティブになることがある」
「強さ」とはなんだろう、ということを考えました。 どれほど強く見える人でも、どれほど幸せそうに見える人でも、他者がこころを隅々までのぞくことはできません。 あの輝かしい成績を残した「メンタルが強そうに見える」アスリートでも、プレッシャーに押しつぶされそうな日々を送っていると言うのです。 悩みや不安のない人生は理想ですが、そううまくいかないのが人生。 ふつうに生きているだけでも思いがけないアクシデントや怪我なども起きるものです。
「弱い」も「強い」も形容詞で単なる記号のひとつに過ぎず、それらにどんな意味を付けているのかも人それぞれ。 ひとりの人間のなかにも、「強い」ときもあれば「弱い」ときもありますし、常に揺れ動いているものだと思います。
ですが、アスリートの声を聴いていくにつれて、本当は人間は誰もが弱さを持つ生き物であり、自らの弱さと向き合いそれを受け容れようと「強くあろうとする人」がアスリートたちの姿なのではないかと考えました。
そのような自分のカラダひとつで真剣勝負をしながら、心身に日々プレッシャーをかけつづけているアスリートたちを肯定したい‥‥そんな想いから生まれたのが「よわいはつよい」というコンセプトでした。
世間一般から「こころもカラダも強い人」というイメージを持たれているラグビー選手だからこそ、社会全体に対して「自分たちラグビー選手だって、みんなと同じ人間であり、強い心も弱い心も持ち合わせていて常に揺れているし、それは悪いことじゃない」というメッセージを届けることに社会的意義があると考え、この「よわいはつよいプロジェクト」が生まれました。
「誰もがよわさをさらけ出せて、よわさを受け容れられる社会へ」
それが「よわいはつよいプロジェクト」のビジョンです。 とくに後半の部分、自分自身の「よわさ」を受け容れる勇気、他者の「よわさ」を受け容れる愛こそが大事だと考えています。
「よわさ」は誰もが持っている。 それをさらけ出すことは悪いことじゃない。 みんなが「よわさ」を交換し合うことで、みんなの「つよさ」を活かし合う社会にできる。 そう信じています。
そして、いつか「よわつよ」という単語が、「よわさはつよさでありつよさはよわさである」「転じて全ての物事はどちらかに優劣はなく表裏一体であること」という意味として社会に広く普及して国語辞典の載るくらい日常に馴染むような未来、さらには「YOWATSUYO」として「弱強」というシンボルマークとともに日本発の思想として世界にも普及する未来を目指しています。
(文責: 吉谷 吾郎)
講演会 活動歴
- 世界メンタルヘルスデー 2020〜2022 出演・協力
- トヨタ財団主催シンポジウム 「みんなと考えるメンタルヘルス」
- 丸の内15丁目プロジェクト DAEN UNIV.
- 東久留米市
- 民間企業 多数
- 足立区立辰沼小学校
- 桐生第一高校
メディア掲載
- 雑誌 『Forbes JAPAN』 2023年3月号
- 雑誌 『TSUKIJI 築地本願寺新報』 2021年7月号
- TV 『news ZERO』 2021年6月30日放送
- TV 『報道ステーション』 2021年6月3日
- ラジオ 『ONE MORNING』 TOKYO FM
- 東京新聞 朝刊 2021年6月30日
受賞歴
- 「Forbes SPORTS INNOVATION PITCH 2022」 グランプリ受賞
- JAGDA新人賞2021(デザインアワード)
- 「HEROs AWARD 2024 」(日本財団) 受賞
プロジェクトメンバー
川村 慎
ディレクター/アスリートスピーカー
吉谷 吾郎
プロデューサー/企画・編集
小塩 靖崇
ドクター/メンタルフィットネス研究者
教育学博士 (専門: 健康教育)