姫野和樹「がんばっていない選手なんて、ひとりもいない。」

2021年6月4日、ラグビー日本代表の姫野和樹選手がこんなツイートをして大きな反響を呼びました。

このツイートは、日本ラグビー選手会と国立精神・神経医療研究センターの共同プロジェクト「よわいはつよいプロジェクト」によるトップリーガーを対象としたメンタルヘルス調査結果をふまえて、姫野選手が自分自身の「よわさ」にもとづく経験について投稿した貴重な内容でした。

これを見たラグビー選手会・現会長の川村慎選手が、「姫野くんに彼自身がどのように心と向き合っているのか、また現在活躍しているニュージーランドにおけるメンタルヘルスに対する選手の姿勢についての話をぜひ聞きたい」とアプローチして、このインタビュー対談が実現しました。

なお、このインタビューは、ラグビー日本代表とサンウルブズの世紀の一戦の翌日、姫野選手にとってはスーパーラグビー・トランスタスマンの決勝進出を決めた試合翌日(2021年6月13日)にZOOMで国を超えておこないました。

聞き手・文は吉谷 吾郎です。

姫野和樹選手 プロフィール

1994年 愛知県名古屋市出身。 ポジションはLO・FL・No.8。 春日丘高校、帝京大学出身。 大学時代は大学選手権優勝、卒業後はトヨタ自動車ヴェルブリッツに入団しルーキーながら主将に抜擢。 ラグビー日本代表として2019年ラグビーワールドカップ2019出場し「ジャッカル」の名手として一躍有名に。 2021年シーズンはNZスーパーラグビーのハイランダーズに所属。 日本人として同リーグ初の新人賞を獲得。


じゃあ、なにを「たのしむ」のか?

川村
今日は試合後で疲れているところ、本当にありがとう!

姫野
いえいえ! シンさん、おひさしぶりです!

川村
こっちはいつも日本からスクリーン越しに活躍を見ているからひさしぶりじゃないけどね(笑)。 早速だけど、姫野くんのあのツイート(※冒頭ツイート)を見て、これだけ世界トップレベルで活躍している選手が不安や恐怖と闘っているんだっていう驚きがあって。

姫野
そうなんです、スーパーラグビーで新人賞をいただいたあとくらいに、実は気持ち的に病んでしまって‥‥ ホームシックもありました。 正直、そのあと日本代表でやれるかわからなくて、辞退しようかなと思っていたくらいでした。 本当にしんどかったんです‥‥。

川村
そこまで追い込まれていたのね‥‥。

姫野
「日本のために」とか、「日本人としてオレがここ(ニュージーランド)で結果を出して証明しないとダメだ」とか‥‥ 自分自身にプレッシャーをかけすぎてしまっていました。 それでつぶれてしまうのは本末転倒ですよね。

吉谷
ものすごいレベルで自分自身を追い込んでいたんですね。

姫野
ニュージーランドに来てから、精神的に追い込まれることがめちゃくちゃあります。 本当にひとりで来たので、自分の心の中を話す相手もいないですし、新しい環境で心の拠り所もない。 日本にいる時よりもかなりストレスがありました。

川村・吉谷
はぁ‥‥(ため息)。

姫野
そこで気づいたのは、「たのしむ」ということを忘れていたな、と。 「自分らしいラグビーをたのしもう」とか「自分の納得できるプレーをしよう」ということにフォーカスして肩の荷をおろそうとメンタルを変えました。

川村
姫野くんの言う「ラグビーをたのしむ」って、口ではみんな言うけど、むずかしいじゃない?

姫野
むずかしいですね。

川村
どうやって「ラグビーをたのしむ」っていうマインドにシフトしたの?

吉谷
ぜひ聞きたいです。

姫野
「自分はそのスポーツをしていて何が一番楽しいのか」を自分で知ることだと思います。 自分の場合は、ボロボロになっているけどそれでも身体をはりつづけたり、チームのためにキツいときでも走りつづけていたりが、一番たのしいときだとわかりました。

川村
なるほど‥‥!

姫野
まず、自分の中で「たのしもう」と決めました。 そのあと、それを具体的に紐解いてみました。 漠然と「たのしむ!」ではなく、「自分はなにをたのしむんだ?」を考えました。 まわりの選手も「たのしもう!」と言う人はいるんですけど、「じゃあ、なにをたのしむのか」を決めていないことが多いと思います。

吉谷
これは名言ですね(笑)。

川村
まちがいない! 鳥肌立っちゃったもん(笑)。


トップレベルの環境で学んだメンタルのこと。

姫野
「自分を知る」という作業を経ることが大事なんだと思います。 ぼくの場合は、「泥臭いプレーの先に自分らしさがあるんだ」と理解しているから、ボロボロになったときに、「その先までいこう、たのしむんだ」って思うようになりました。 そしたら先日、試合でグラウンドに出たとき、中学生のときを思い出したんです。

川村
ええ、それはすごい‥‥。

姫野
純粋にラグビーに対してワクワクしている自分がいたんです。 それから80分間をたのしめるようになったんです。 それがひとりでニュージーランドまで来て孤独と向き合ってメンタルを鍛えてきた、今年の大発見です。 アオテアロア(スーパーラグビー・ニュージーランド大会)で厳しい経験をしたからこそ、メンタル的にも、すごくいいものを見つけられた気がします。

吉谷
いま、日本のラグビー選手で、姫野選手にしか言えない言葉の重みがありますね‥‥。

姫野
そのまま自分で自分にプレッシャーをかけすぎていたらモチベーションは上がっていなかったと思います。 スーパーラグビーという世界トップレベルの環境で、どう自分自身のメンタルを構築するかという学びは大きかったです。

川村
ものすごくいい成長の機会だね。

姫野
SNSとかでも、いろんな声を目にしてしまいますよね。 見ようとしていなくても、「姫野はまだまだだ」とか「イマイチだったな」みたいな情報が入ってきてしまう(笑)。 自分ではスーパーラグビーで頑張っていると思っていても、認めてくれない人もいるわけで‥‥。

吉谷
え、そんな匿名の声なんて気にしなくても‥‥!

姫野
ぼくはメンタルがよわいので気にしてしまうんです(笑)。 そういうSNSの声も、「ラグビーをたのしむ」という目的を遠ざけている要因だと思いました。 なので、そういう情報をいかに気にしないで、「たのしむために、自分になにが必要なのか」という覚悟が大事だとわかりました。

川村
一流のアスリートたちがすごいなと思うのは、「自分を知る」ために試行錯誤していて、「自分がなにをしたらいいか」を理解してる、ってことだと思っているんだよね。 自分も、アスリートとしてのプレッシャーのなかで、自分が正しいと思っていることが本当に正しいのかどうかの試行錯誤をあまりしてきていないのかもな‥‥。


ラグビー大国の「オン」と「オフ」のスキル。

吉谷
メンタルヘルスに関して、ニュージーランドと日本の「ちがい」で感じることってありますか?

姫野
明確にオンとオフがしっかり分かれていることです。 さっきの「自分を知る」じゃないですが、自分のオフの時間をどう使うかというところにフォーカスしていて、練習後にそのままゴルフに行ったりサーフィンに行ったり、なにもしない選手はなにもしないし、とにかくみんな、周りの目なんて気にせずに「自分なりのオフ」を満喫しています。 練習で100%の仕事ができるんだったらいい、という、自分なり準備ができているというか。

川村
なるほど。

姫野
たとえば、日本では午後に練習があるとすると、午前中は練習に向けてゆっくりしてしまいますよね。 でも、こっちでは、ゴルフで8ホールまわってからみんな来ます(笑)。 オフなんだから自分が好きなことをやって心も体もリフレッシュする、という。 自分にフォーカスしているのがすごいです。

川村
日本で練習前にゴルフ行ってる人なんていないよね(笑)。

姫野
実際に、ぼく自身もキャプテンなんだから練習が終わったあとはすぐに帰らないで自主練をしないといけないと思っていました。 それがリーダーとしての自覚だと思っていましたし、周りの評価や目を気にしてしまっていて。 けど、こっちでは「自分にとってなにが大事か」にフォーカスしていて、オンとオフがはっきりしています。 自分はまだまだ下手だな、と思っていますけど。 ちなみに、ぼくは練習前の午前中にゴルフに行ったら腰を痛めてしまったんですけど(笑)。

川村・吉谷
(笑)

姫野
たのしむためには、エネルギーが必要です。 そのための、オフ。 心身ともにリフレッシュする方法を理解していないとダメなんだと思います。 メンタルやコンディションを一定に保つために、自分はどう過ごしたらいいのかを自分自身が理解していないと、間違った方向にオフが行ってしまいます。 自分はどうしたいか。 そのためには、やっぱり自分を知ることが大事だと思います。 ぼくは、ゴルフじゃなかった(笑)。


よわい自分を知るから、つよくなれる。

吉谷
自分を知るために客観視するのは、とてもむずかしいことだと思います。 姫野選手は、どうされているのでしょうか。

姫野
自分自身に話しかけてます。 「どう思う?」って。 いつも自問自答しています。

川村
なるほど、「自問自答」。

吉谷
姫野選手は、こうしてお話していてもスッと自分の考えが出てきますし、インタビューなどを見ていても「言語化する能力」が高いと感じました。 日頃から「言葉にする」ということを、どのくらい意識されていますか?

姫野
「書いて」いるんです。 自分の今置かれている状況や気持ちや思いを、常にケータイのメモとかノートに書いているんです。 社会人になってキャプテンになってからはじめた習慣なんですが、これのおかげで自分と向き合えるようになりましたし、自分のよわさを受け止められるようになりました。

吉谷
素晴らしいですね。

姫野
そういう自分の思考や忘れたくない気持ちを言葉にする作業が大事だとずっと言われてきていたんですが、実際に自分がリーダーになって苦しい状況になって、本当に大事だったとわかりました。 ぼくは頭がいいわけでもないので、忘れないようにメモしているんですが、「自分を知る」ための作業としてとても役に立っています。

川村
たとえば、それはどんなふうに役立ってるの?

姫野
人間なので、誰だってよわくなるときがありますよね。 そういう時こそ、まずはそのよわさを受け容れて、自分が新しいチャレンジするときに誓ったことがなんだったのかとか、自分がどういう思いでこの目標を書いたのかを振り返って奮い立たせます。

吉谷
まずは、苦しいことや、よわい自分を受け入れているんですね。

姫野
よわい自分を隠して「オレ、大丈夫大丈夫!」って思ってしまうときほど、ダメですね。 そういうときのほうが、タックルにいけなかったりします。 「めっちゃこわいなーやばいなー」という恐怖心を受け入れて、「じゃあどうしよう? どうすべきだろう?」って考えるときのほうが強いですね。 よわいと認めたからこそ、「じゃあ、どこから勇気もらおうかな?」とか、考えられるので。

川村
いやぁ、さすがだなぁ、めちゃくちゃ勉強になる(笑)。

姫野
ありがとうございます(笑)。 よわさは誰にだってあるものだから隠す必要もないですし、よわさを認めてこそ成長する、っていうのはすごく思いますね。 ぼく自身、本当によわいなと思います。 でも、よわくていいなと思います。 よわいからこそ、つよくなれるんだ、ってそう思います。


ラグビー界からこころの啓蒙をする意義。

川村
姫野くん自身が自覚している「よわさ」ってなにかあるの?

姫野
もう、めっちゃよわいっすよ。 「オレ、女々しいな〜〜〜〜よわ〜っ!」って、よく思います(笑)。 すぐ休みたいって思いますし、「次の相手、クルセーダースかぁ、こわいなぁ〜」とか「トイメン、あいつかよ〜〜〜〜」って思います。

吉谷
ファンであるぼくらと同じ気持ちですね(笑)。

姫野
でも、まずその「よわい自分」を知るからこそ、じゃあ次どうしようっていうのが分かってきますし、よわいからこそ覚悟を決めないといけないですし。 そのあと、「じゃあどうやって覚悟を決めるのか? 応援してくれる人の声? 自分の初心?」って自問自答していくメンタルのつくり方です。

川村
いち同じラグビー選手として、本当に勉強になることばかりで。 今回、こうやって試合の次の日で身体も疲れていて、さらにスーパーラグビーの決勝戦も控えている時期にこうしてインタビューを引き受けてくれて本当にありがとうね。

姫野
トップリーガーを対象にしたメンタルヘルスのアンケート調査結果がありましたよね。 あれを見て、「やっぱりそうだよな」と思いました。 ラグビーはコンタクトスポーツですから、生死も関わるプレッシャーの中でみんなやっていると思います。 ぼく自身、スーパーラグビーのデビュー戦の前日は、「もう苦しくなってグラウンドで死んでも悔いはない」という覚悟とプレッシャーを自分自身にかけていました。 文字通り、命懸けでした。 そんな重いストレスのかかるスポーツなので、アンケート結果を見て納得しましたし、だからこそラグビー界からメンタルヘルスの啓蒙をしていく意義があると感じていますし、自分が誰かの役に立てばいいなと思いお引き受けしました。

川村
そう言ってもらえて、本当にありがたいです、マジで。

姫野
ぼくらアスリートは、スポーツ選手ですけど、ひとりの人間ですから。 同じような悩みを抱える誰かのメンタル部分のスキルの手助けになればと思っています。

吉谷
惚れてしまいそうです(笑)。

姫野
いえいえ(笑)。 ぼく自身も、ものすごく悩んでいますから。 「よわいはつよいプロジェクト」のホームページに書いてある、まずは「よわさを受け容れられる社会」や環境をみんなでつくっていければいいなと思っています。 がんばっていない選手なんて、ひとりもいないんで。

川村・吉谷
ありがとうございました!

姫野選手から送られてきたニュージーランドでのオフの様子。

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