ある大学生ラガーマンの、こころと向き合った10ヶ月。

反響の裏側にゴリポンがいた。

6月のある日。 とある大学ラグビー部のコーチから 「“ゴリポン“がAチーム(一軍)のメンバーに入りましたよ!」というメッセージが届きました。

“ゴリポン“とは、 もちろん本名ではなく匿名の名前(彼のあだ名でもありません)。 彼は、 とある大学ラグビー部の4年生です。

話は、 去年の8月にさかのぼります。

「よわいはつよいプロジェクト」のTwitterで「悩みながら部活をがんばっているあなたへ」というタイトルで、 このようなメッセージを出しました。

このメッセージは、 メンタルヘルスでこころの不調に陥ってしまっている学生アスリートに対して、 「がんばってほしい! けど、 がんばりすぎないでね」 ということを伝えたくて書いたものでした。

この投稿に対して、 学生アスリートのみならずプロアスリートの方や保護者の方まで多くの人から大きな反響をいただきました。

そして実は、 この 「悩みながらがんばっているあなた」 は 「ゴリポン」 だったのです。


10ヶ月のあいだになにがあったのだろう?

ゴリポンから久しぶりに(高校卒業以来?) 「相談したいことがあります」 とLINEがきたのは2022年8月のはじめ、 彼が所属するラグビー部の夏合宿がはじまる直前でした。

とにかく夜眠れないこと。 嘔吐がつづいていること。 食事が食べられないこと。 できる限りやっている対処の内容、 自分の思うストレスの原因など、 現状について丁寧に書いて送ってくれていて、 最後には 「練習や試合をするのが怖く、夏合宿にも参加できるかわからず、 藁にもすがる思いで連絡させていただきました。 自分でもどうすればいいかわかりません」 と書かれていました。

翌日、 わたしは予定をキャンセルして、 ゴリポンのいる部活寮の最寄駅まで会いに行きました。 限られた時間でしたが、 駅の近くで食事をしながらこれまでどんなことがあって、 今はどんな状況でどんな気持ちなのかを1時間半くらい聴きました。 そして帰り際に、 冒頭のコーチにもすこしだけ彼の現状について軽く話しました。

結局、 ゴリポンは合宿に行きました。 合宿中も合宿終了後も、 状況を伝えるLINEをくれていましたが、 そのあとはしばらく連絡を取らず。 2022年シーズンが終わったタイミングで年始に一度だけ食事に誘って近況を聞きました。

それから約半年が経ち、 ゴリポンはもう最終学年。 この春シーズンの出だしは良かったものの、 いいパフォーマンスが出せずにCチーム(三軍)に落ちてしまった。 ところが、 チームの春の締めくくりの公式戦を前に、 ついにチャンスがやってきた。 Aチームのメンバーに選ばれて、 初めて部のファーストジャージに袖を通すチャンスがやってきた、 というわけです。

いざ公式戦当日。 ゴリポンは、後半に途中出場。 わたしはJ-sportsというラグビーチャンネルで彼の勇姿を見届けました。

そして、 こんな疑問が頭に浮かんだのです。

去年の8月からの約10ヶ月。 彼は、 どんなふうに自分の 「こころ」」 と向き合ってきたのだろう? あれからどんな苦悩があったのだろう? それらをどうやって乗り越えてきたのだろう‥‥?

そこで試合翌日に本人に連絡しました。 もしよかったら話を聞かせてもらって、 それを 「よわいはつよいプロジェクト」 の記事にしてもいいかな?と。

すると彼は言います。

もちろんです。 自分と似た悩みを持つ人たちの力に少しでもなりたいです

そして、 話を聞く機会をもらえました。 実際に取材をしてみてわかったのは、 彼はこの10ヶ月で、 精神的に大きく成長していたということ。 わたし自身も気づきや学びがたくさんありました。

同時に、 ゴリポンの言う通り、 この話を同じように悩む若い学生アスリートたちにも1秒でも早く伝えたい。 心からそう思いました。

では、 本編スタートです。


「このままだと去年と同じになる」

ーー
初めての公式戦出場。 どうだった? 緊張した?

ゴリポン
それが、 あんまり緊張しなかったんです。 ここでビビってたら後悔するだろうなと思って、 「たのしもう」 と思ってました。

ーー
「たのしもう」って、 気持ちでは思っていても、 なかなかできないものだよね。

ゴリポン
今回、 自分がメンバーに選ばれたことで、 両親や友人、 これまで支えてくれたいろんな人からメッセージをもらったんですね。 「よし、その人たちのためにプレーしよう」と思ったら、 「たのしもう」 っていう気持ちになれました。 「自分ががんばって、 こうしなきゃ‥‥!」 じゃなくて。

ーー
ああ、 いいねぇ。 感謝の気持ちがたのしむパワーを連れてきたんだね。 この春シーズンは振り返ってみてどんなシーズンだったのかな。

ゴリポン
新しいシーズンはBチームからスタートしたんですが、 最初の合同練習で大事なシーンでミスしてしまって‥‥チームは勝ったんですけど、 自分はCチームに落ちてしまい。 でも、 文句は言えないな、 って感じでした。

ーー
うん、 うん。

ゴリポン
焦りはじめたのは5月くらいでした。 同期や後輩がどんどん“一軍デビュー”しはじめていた時期で。 「俺はこのままチャンスをもらえないんじゃないか」って。 でも、 同時に「あれ、これは去年と同じシチュエーションだ」 と気づけたんです。 このまま 「どうしよう」 と不安でいるだけじゃダメになる気がして。 そこで、 あえて、 「Aチームになることを気にしない」 ように意識しました。

ーー
めちゃくちゃ欲しいものなのに、 あえて、 見ないようにした、 と。

ゴリポン
はい。 『Aチーム』 を気にしないように。 ただ自分がやるべきこと、 目の前のことをやろうと。 そうしたら昨年みたいにメンタルが崩壊せず、 いろいろなことを淡々とこなせるようになりました。

ーー
なるほど、すばらしいね。

ゴリポン
それで、 最近Bチームに上がったんですが、 キッカケはその2週前のCチームでの試合でした。 ぼくにはスキルはない。 だからその分、 こぼれ球への反応とかバッキング(ディフェンスをカバーする動き)っていうつらいけど意識して頑張ればできるプレーにこだわることにフォーカスしました。 そうしたらそういう泥臭いプレーが監督・コーチたちの目に留まって、 その試合のMVPのような選手に選んでもらえたんです。

ーー
ある意味、 自分の 「できない」 を認められた、 とも言えるよね。

ゴリポン
そうですね。 できないことを認めて、 できることを頑張ろう、 っていう。 それで今回、 ちょうどチームの怪我人とかの兼ね合いもあって初めてチャンスを掴めた感じでした。

ーー
もちろん評価も他選手の状況も、 自分でコントロールできるものじゃないけれど、 ずっと準備していたから打席が来た、 って感じだったんだ。


「目標の先をイメージすること」

ゴリポン
実は「準備の大切さ」みたいなものを痛感した出来事が2年前にあったんです。

ーー
なんだろう、 ぜひ教えて。

ゴリポン
初めてBチームに上がった試合のとき、 自分でもおかしいくらい緊張しちゃったんです。 口では 「Aチームになる!」 と言っていたのに、 上のチームで闘うためのメンタルが追いついていなくて体がガチガチになってしまって。 そのとき、 いつでもAチームとして試合に出られるための準備が大切だと痛感しました。

ーー
なるほどね。 それから具体的にどんな準備をしたの?

ゴリポン
スキルやフィジカルのトレーニングは自分でも追い込みすぎなくらいやってきている自負があったので、 ほとんどがメンタルに関するものでした。

ーー
メンタルの準備。

ゴリポン
はい。 実際に大きなスタジアムで試合している自分の姿をイメージすること。 グラウンドに立って見える風景をイメージすること。 Aチームに選ばれてファーストジャージをもらったとき、 みんなの前でどんなコメントをするのかをイメージすること。 そんな「目標の先の景色」を何度も自分のなかでイメージしていました。

ーー
なるほど、 いいね。

ゴリポン
だからなのか、 実際に今回初めてAチームに選ばれたとき、 あんまり動揺しませんでした。 「ああ、 これ、 イメージしてたものだ」 と思えました。 去年までは、 うまくいったときのイメージをすることはほとんどなくて、 いつも自分を責めすぎてしまっていたので。


「ラグビー“以外”の時間の必要性」

ーー
そうなんだね。 でも、そこまで考え方を変えられるって簡単なことじゃないと思うんだけれど、 ゴリポンの中でなにが変わったんだろう?

ゴリポン
就活の存在が大きかったかもしれません。

ーー
就活?

ゴリポン
部活と就活の両立が本当に難しい一方で、 そのおかげと言いますか、 ある意味 「ラグビーだけじゃない生活」 になったんです。 就活がラグビーに没頭しすぎないキッカケになったというか。 それまでは空いた時間はすべてラグビーに捧げていたんですけれど、 就活をしているときは 「練習が終わったら次はどこどこの企業の面接だ」 と、 ラグビーと頭を切り替えられたんです。

ーー
ラグビー以外のことに頭を割く時間ができた、 ってことだよね。

ゴリポン
そうです。 あともうひとつ、 去年ぼくが相談したときに言ってくれた 「悩んでいるのは真剣にやっている証拠だよ」 という言葉も、 考え方を変えられた大きなキッカケでした。 キツイってことはそれだけ自分は真剣にやってるんだ、 評価は落ちても自分の目線だけでは下を向く必要はないと思えた、 というか。

ーー
「評価は落ちても自分の目線だけでは下を向くな」。 いい言葉だね。 物事をどう捉えるかは自分次第だからね。

ゴリポン
はい。 まさに。


「食欲ないの?」

ーー
そういえば、 LINEでやりとりしていたとき、 悩んでいる後輩に自分の経験を活かしてアドバイスすることができたって書いてたけれど、 言える範囲でどんなことがあったのか教えてもらえるかな。

ゴリポン
同じ寮で生活している2つ下の後輩がいて、 そいつがあんまりご飯を食べていないことに気がついて、 「食欲ないの?」って声をかけたら「食べるのが嫌で‥‥でも食べないと体重が落ちちゃうので‥‥」という話をしてくれました。 いろいろと訊いてみると、 自分の過去の症状と似ていると分かりました。

ーー
うん。

ゴリポン
それで、 あのときぼく自身がもらった言葉や 「よわつよ」 のサイトを紹介したり、 自分が当時やっていた「甘いモノを積極的に食べてみるをやってみたら?」と薦めてみたり、 いろいろアドバイスしました。

ーー
あんなに悩んでいたゴリポンがそんなことをしていたなんて、 涙が出そうだ‥‥(笑)。

ゴリポン
そうですよね(笑)。 でも、 それくらい追い詰められて、 自分を責めているような感じが似ていたんです。 このままだとよくないと思ったんで、 もっと自分を大切にする姿勢を伝えてみました。

ーー
素晴らしいね。 後輩も、 ゴリポンみたいな先輩がいてよかったなぁ。

ゴリポン
そのあと、 吐き気はなくなったと言っていました。 あと、意識してその後輩と話すようにしています。


「自分のような学生に伝えたいこと」

ーー
それはよかった。 この10ヶ月でだいぶ成長したなと感じるんだけど、 メンタルで悩んでいた時期を通じた学びや気づきってある?

ゴリポン
そうですね‥‥「ベクトルをひとつに絞りすぎない」 ですかね。

ーー
ベクトルをひとつに絞りすぎない。

ゴリポン
はい。 それまでの自分は、 ひとつのミスでチームが落ちたら、 それに執着して、 ミスの原因と改善を一日中ずっと考えてしまっていて、 他のことがまったく手がつかなくなって、 オフの時間も次の日に備える時間になってしまって‥‥どんどん追い込まれていました。 でも今は、 「自分」 だけじゃなくて、 「人」 とか 「チーム」 にも興味を持って意識のベクトルを向けることで自分ですべてを背負いすぎないようになった感じです。

ーー
たしかに、 ゴリポンの口から出てくる言葉が、 前と違って仲間とか後輩とか、 就活の話とか、 「自分以外」のことが出てくるようになった気がする。

ゴリポン
そうかもしれません。

ーー
最終学年になって立場が変わって見える視野が広くなったのかもしれないし。 でも、「プレッシャー」という感じには見えないね。 じゃあ、最後に、自分と同じように学生スポーツ(部活)をしていてメンタルで悩んでしまっている人たちに、 自分の経験を踏まえて伝えたいと思うことはなにかあるかな。

ゴリポン
ひとつは‥‥「自分を責めすぎないで」‥‥です。 結果が出ない時、「どうしてこんなにやってるのに結果が出ないんだ」っていう思考に陥っていたんですけど、 評価は他人が決めることで人のモノサシだからあまり気にしすぎないほうがいい。 あと、 さっきもお話したぼくが相談したときにかけてくれたことば、 「それだけひとつのことに悩めていることは頑張っている証拠だし素晴らしい」ということです。

ーー
ひとりでも伝わって誰かの悩みを小さくできるといいね。 今日は試合の翌日なのに、 わざわざ時間をとってくれてありがとう!

ゴリポン
こちらこそ、 あの時相談して本当に良かったと思ってます。 これからもよろしくお願いいたします。

ーー
こちらこそ、 応援しています。 残り少ない学生生活をたのしんで!

(インタビューはおわります)


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<編集後記>

ゴリポンの話を聞いていて思ったことが、 「すぎる」のはよくないな、ということでした。 取材中も何度も出てきた「◯◯すぎ」という言葉。 「集中する」ということは、「いいこと」として語られることが多いですが、 一方で視野が狭くなってしまうとも言えます。

学生アスリートならば「学業」と「部活」というふたつの居場所があるかと思いますが、 それ以外のコミュニティや趣味の時間を持つことも大事だと思います。 中学や高校時代の友人と定期的に会う、でもいいと思います。 「いやいや勉強して部活して日々の暮らしのあれこれをしながら、 さらに他のことをやるなんて忙しすぎるよ‥‥!」 と思われるかもしれませんが、そういう息抜きやオフの時間やコミュニティを意識的に大切にすることで、 より集中力をもって競技に取り組めるかもしれません(エネルギーを溜めていない人間は、 充電がゼロのスマホのようなものですから)。

さいごになりますが、 今回の記事では登場する選手が学生であることなどを配慮して匿名記事としました。 一方で、 わたしたちがめざしているのは、 このようなメンタルヘルスに関する話をオープンに話せる社会です。

だれもがよわさをさらけ出せて、
よわさを受け容れられる社会へ。